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東京地方裁判所 平成10年(ワ)17721号 判決 1999年11月05日

第一七七二一号及び第二八三〇四号事件原告(以下「原告」という。)

斉藤精士

右訴訟代理人弁護士

横溝高至

第一七七二一号及び第二八三〇四号事件被告(以下「被告」という。)

株式会社公営社

右代表者代表取締役

田近利夫

右訴訟代理人弁護士

高橋一郎

主文

一  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。

二  被告が平成一〇年六月一日付けで原告に対してした営業管理部次長として勤務する旨の命令は無効であることを確認する。

三  被告が平成一〇年六月二四日付けで原告に対してした同月二五日から同年七月一日までの七日間出勤停止に処する旨の懲戒処分は無効であることを確認する。

四  被告は、原告に対し、金一三万五七八六円及びこれに対する平成一〇年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  被告は、原告に対し、金六二一万〇〇五〇円を支払え。

六  原告のその余の請求を棄却する。

七  訴訟費用は被告の負担とする。

八  この判決は、第四、第五項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(第一七七二一号事件)

一  主文第二、第三項と同旨

二  被告は、原告に対し、金一〇二二万九一一三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(第二八三〇四号事件)

一  主文第一項と同旨

二  被告は、原告に対し、平成一〇年一〇月二五日から本判決確定まで、毎月二五日限り、金五六万四五五〇円を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告のした配置転換命令、懲戒処分及び解雇の効力をそれぞれ争い、被告に対し、従業員としての地位確認、配置転換命令及び懲戒処分の無効確認を求めるとともに、被告は不当な査定により原告の賞与を減額したとして賞与の減額分等、被告の右一連の行為が不法行為であるとして慰謝料の支払を求める事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  当事者

被告は、葬儀の請負を業とする株式会社である。

原告は、平成元年一月、被告と期間の定めのない雇用契約を締結し、営業部第二課長として勤務し、平成五年六月に開発営業部次長に任ぜられた。その後、被告の営業部と開発営業部が営業部として統合されたのに伴い、原告は、平成九年五月に営業部次長に任ぜられた。

2  本件配転命令

原告は、被告に入社して以来、新規顧客の開拓を主とした営業活動に従事してきたところ、平成九年一一月二五日付け業務命令書(<証拠略>)で、被告から同日以降の担当業務を、葬儀の施行・運営に関してマスターすること、営業部の基準当直回数をこなすこととの業務命令を受けた。

原告は、平成一〇年六月六日付け通達(<証拠略>)で、被告代表者から第四九期の業務命令に関する総括及びそれを文書にして報告することを命じられた。

原告は、平成一〇年六月八日、同月一日付け業務命令書(<証拠略>)を受けた。右命令書により、原告は、被告から同月一六日付けで営業管理部次長として勤務することとの内示を受け、同月二三日、右異動が発令された(以下「本件配転命令」という。)。

3  本件懲戒処分

原告は、平成一〇年六月一八日、同月一六日付け書面(<証拠略>)で、同月一七日から同月二二日までの自宅待機命令を受けた。

さらに、原告は、平成一〇年六月二四日付け書面(<証拠略>)で、同月二五日から同年七月一日までの間、出勤停止の処分に処する旨の懲戒処分を受けた(以下「本件懲戒処分」という。)。

4  本件解雇

被告は、平成一〇年一〇月二一日、原告に対し、同日付けで解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

本件解雇理由は、原告が、営業部次長から営業管理部次長への異動の人事命令及びこれに基づく新職務の遂行を正当な理由なく拒否し、出勤停止処分を受けたにもかかわらず拒否を続けており、右所為は就業規則六八条一号、二号、二二条九号に該当するというものであった。

5  就業規則(<証拠略>)

本件に関する被告の就業規則は、次のとおりである。

第一〇条(人事異動)

一項 会社は、業務の都合により社員に対して職場もしくは職務の変更、転勤その他人事上の異動を命ずることがある。

(二項以下省略)

第二二条(解雇)

会社は、社員が次の各号の一に該当するときは、解雇する。

一号 職務遂行能力又は能率が著しく劣り、職務向上の見込みがないと会社が認めたとき

二号 身体又は精神の障害により、職務に耐えられないと会社が認めたとき

三号 事業の縮小、閉鎖等その他会社業務の都合により剰員を生じ、他に適当な配置箇所がないとき

四号 本規則第九条により試用採用を取り消されたとき

五号 本規則第六七条諭旨解雇、第六八条懲戒解雇の処分に処せられたとき

六号 刑事事件に関し、有罪が確定したとき

七号 業務上の傷病により、療養の開始後三年を経過した日において傷病補償年金を受けているとき、又は同日後において傷病補償年金を受けることになったとき

八号 天災事変その他の事由により、事業の継続が不可能となったとき

九号 その他、前各号に準ずる事情が生じ、社員として勤務させることが不適当と認めたとき

第六四条(懲戒の種類)

懲戒は、次の六種類とする。但し、必要により二種類以上の懲戒を科することがある。

<1>戒告 始末書を取り、将来を戒める。

但し、当該行為の程度が軽微であるか又は日常の業務成績その他を勘案して、情状酌量の余地があると認めた場合は戒告を免じ、本人の反省を求めて厳重注意にとどめることがある。

<2>減給 始末書を取り、一回につき、平均賃金一日分の二分の一以内を減給し将来を戒める。ただし、二回以上にわたる場合においてもその総額が、一賃金支払期における賃金総額の一〇分の一以内とする。

<3>出勤停止 始末書を取り、七日以内を限度とした出勤を停止し、その期間の賃金を支払わない。

<4>降格 始末書を取り、職制上の地位を免ずるか下級職位に下げる。

<5>諭旨解雇 退職願の提出を勧告し、退職させる。退職金は一部支給しないことがある。退職しないときは懲戒解雇に処する。

<6>懲戒解雇 予告期間を設けないで即時解雇し、原則として退職金は支給しない。又所轄労働基準監督署長の認定を受けたときは予告手当を支給しない。

第六五条(戒告)

社員が次の各号の一に該当するときは戒告に処する。

(一号ないし六号省略)

七号 所属長又は関連上長の業務上の指示、命令に従わないとき

(八号以下省略)

第六六条(減給、出勤停止)

社員が次の各号の一に該当するときは、減給又は出勤停止に処する。

ただし、情状により戒告にとどめることがある。

一号 前条の違反が再度に及ぶとき又は情状重大と認められるとき

(二号以下省略)

第六七条(降格、諭旨解雇)

社員が次の各号の一に該当するときは、降格又は諭旨解雇に処する。

(一号ないし四号省略)

五号 正当な理由なく、職場配置、休職、復職、配置転換、出張、転勤、出向、職位決定、降格、給与決定、降給等の人事命令を拒否したとき

(六号以下省略)

第六八条(懲戒解雇)

社員が次の各号の一に該当するときは懲戒解雇に処する。ただし、情状により諭旨解雇に止めることがある。

一号 前三条の違反が再度に及ぶとき、又は情状重大と認められるとき

二号 懲戒処分に対して改悛の情なしと認められたとき

(三号以下省略)

6  賃金

原告の平成一〇年五月当時の賃金月額は五六万四五五〇円で、毎月二五日払であった。

二  主たる争点

1  本件配転命令の効力

(一) 被告の主張

被告は、平成九年六月、組織を合理化し、業務の効率化を図るために開発営業部を営業部に統合した(以下「本件組織改正」という。)が、原告は、新たに上司となった三上裕之営業部長(以下「三上部長」という。)について、「警察関係の営業には未経験であるにもかかわらず、同部長が原告に指示を行うのはおかしい。」、「三上部長の指示する体制では売上増加は困難である。」、「新体制だと間違いなく営業成績は落ちるが一切自分には責任がない。」などと主張して本件組織改正に反発し、営業活動や三上部長の補佐、協力も行わないなど営業方針等に対しても非協力的な態度に終始するだけでなく、同年一一月ころから、原告は、自己が担当した警察署との交際やお礼の方法について、「被告を辞めたら贈賄、脱税等の容疑で被告を告訴する。」などの不穏当な発言を繰り返すようになった。そこで、原告をそのまま営業部次長に就かせておくことによる業務への支障が大きいため、被告は原告の異動先を検討するようになった。当時、被告においては、新入社員教育、苦情処理に関するマニュアルの作成作業を行っており、その最終段階にあったが、予定が遅れており、被告は、他の業務を行いながら作成していてはさらに完成が遅れてしまうため、これに専従の従業員を充て早期に完成させる必要性があると考えていた。また、被告は、社会情勢を反映して未収売掛金の増加が予想されるため、将来的に売掛金を回収する専門のセクションが必要になると考え、その計画、実行を行おうとしていた。こうした業務には、営業経験が豊富な者が適任であり、原告の異動先を検討中であったことから、原告をこれらの業務に従事させることとし、平成一〇年六月に新たに営業管理部を設け、本件配転命令を行ったものであり、業務上の必要性は高く、しかも、原告には何らの不利益もなかった。

(二) 原告の主張

原告が、本件組織改正に反発し、経営方針等に非協力的な態度に終始したとの事実は否認する。

業務マニュアルは当時すでにほぼ完成しており、残された作業は内容の確認と訂正だけであったし、被告においては、売掛金の未回収はほとんどなく、敢えて新しく部を創設してこれらの業務に従業員を専従させる必要などなかった。被告は、原告を自己都合退職に追い込むために、原告の担当業務を取り上げるなど嫌がらせを行ってきており、本件配転命令もその一つとして行われたものである。すなわち、本件配転命令は、原告の同意がないのはもとより、業務上の必要性もなく、人選の合理性もない恣意的なものであるから、権利の濫用に当たり無効である。

2  本件懲戒処分の効力

(一) 被告の主張

被告は、原告が正当な理由もなく、本件配転命令を拒否したため、就業規則第六五条七号、第六六条一号により本件懲戒処分に及んだものであるから、有効である。

(二) 原告の主張

本件配転命令は、すでに主張したように権利の濫用に当たり無効であるから、これに従わなかったことを理由とする本件懲戒処分は、懲戒権の濫用に当たり無効である。

3  本件解雇の効力

(一) 被告の主張

原告は、正当な理由もなく、本件配転命令を拒否し、さらに本件懲戒処分を行ったにもかかわらず、なお長期にわたり本件配転命令を拒否し続けたのである。原告の右行為は、就業規則六八条一号、二号の懲戒解雇事由に該当するところ、普通解雇を規定する就業規則二二条九号にも該当することから、本件解雇に至ったものであり、有効である。

(二) 原告の主張

原告は、本件配転命令は無効であるから、それを拒否したのであるが、可能な限り業務には従事してきたし、青木満男専務取締役(以下「青木専務」という。)に対し、業務指示を仰ぐなど必要性のある業務であれば、従事する意欲もあることを示してきたにもかかわらず、被告は、本件解雇を正当化するため、原告を業務に従事させず、意図的に不就労の状況を作り出し、もって本件解雇に及んだものであり、本件解雇は、解雇権の濫用に当たるから、無効である。

4  賞与の減額等

(一) 原告の主張

(1) 被告は、原告に対し、不当な査定を行い、平成九年一二月支給の賞与について、通常に支給されるべき金額が一〇八万四三八〇円であるところ、一〇四万三五〇〇円しか支給しなかったので、四万〇八八〇円が未払となった。また、平成一〇年六月支給の賞与についても、同様の理由で四万〇八八〇円が未払である。

(2) 被告は、原告に対し、不当な査定を行い、平成一〇年には通常五六〇〇円の昇給が行われるところ、二八〇〇円の昇給しか行わなかったため、平成一〇年六月分、七月分について五六〇〇円(二八〇〇円×二か月)が未払となった。

(3) 本件懲戒処分は無効であるにもかかわらず、被告は、平成一〇年六月二五日から同年七月一日までの出勤停止期間中の給与一二万〇七〇三円を支給しなかった。

(4) 被告は、原告に対し、その他手当として毎月六万八三〇〇円を支給していたが、平成一〇年七月分については四万七二五〇円しか支給せず、二万一〇五〇円が未払となっている。

(二) 被告の主張

原告の主張事実(1)ないし(4)の実際の支給額についてはいずれも認め、その余は争う。

なお、本件懲戒処分は有効であるから、出勤停止期間中の給与を支払わないのは当然である。

また、六万八三〇〇円は開発職手当であるが、これは本件組織改正に伴い廃止されたが、原告が開発職手当に相当する業務に従事していた間の分については後に支払済みであり、平成九年一一月二五日以降は、原告に対し、当直手当、通夜手当として毎月平均六万二三三三円が支給されていたが、本件配転に伴い、原告は当直を外れたため、当直手当、通夜手当が受けられなくなるところ、被告の慣行により当直体制から外れた者に対し、補償給として、その他手当名目で四万七二五〇円を支給していたものであり、なんら不当ではない。

5  慰謝料請求

(一) 原告の主張

被告は、不必要な本件組織改正を行ったのをはじめとし、平成九年一一月二五日付け業務命令書により原告の担当業務を変更し、本件配転命令、平成一〇年六月一七日から同月二二日までの根拠を欠く自宅待機命令、本件懲戒処分のほか、昇給や賞与について不当な査定を行うなど、原告を自己都合退職に追い込むため数々の嫌がらせを行ってきた。こうした状況の中で、原告は過大な精神的ストレスにさらされ、ついには肝機能が著しく低下し、難病患者に指定され、新宿区から福祉手当を受給するようになるなど、精神的肉体的に多大な苦痛を被ったもので、これを慰謝するには一〇〇〇万円を下らない。

(二) 被告の主張

原告の主張は争う。

すでに主張したように本件配転は有効であるにもかかわらず、原告がなんら正当な理由もなく、これを拒否し続けてきただけであり、被告に不法行為は成立しない。また、原告の病名は慢性肝炎であり、本件とは因果関係がない。

第三当裁判所の判断

一  後掲各証拠によれば、次の事実が認められ(当事者間に争いのない事実を含む。)、右証拠中これに反する証拠は採用しない。

1  被告の概要(<証拠・人証略>)

被告は、葬儀の請負を業務とする株式会社である。被告の組織は、平成九年六月から、営業部、管理部、企画部に分かれているが、それ以前は、管理部、情報企画室、開発営業部、営業部に分かれ、開発営業部と営業部を被告代表者が営業本部長として統括していた。従業員は、役員及び嘱託を除き、三三名で、営業部二九名、管理部及び企画部が各二名である。

被告が、平成九年六月、右のような開発営業部と営業部を統合する本件組織改正を行った理由は、従来開発営業部は新規顧客の開拓を主として行ってきたが、そうした顧客が固定化するに従って営業部と開発営業部の業務がかなり重複するようになってきた一方、両部の役割分担に隙間ができたり、連絡、連携が不十分であるといった支障もあったため、これを合理化する必要があったこと、両部の統合により顧客に対し一貫した対応をし、業務を遅滞なく効率的に遂行できるようにすることで営業体制を強化すること、被告において人事が一般的に停滞していたため、これを活性化することなどであった。また、被告において、本件組織改正に伴い、部長及び次長も当直業務に従事すること、営業部への統合により開発職手当、当直手当補償の廃止などが決定された。

なお、統合された営業部の部長には、被告内で人望が厚かったことから、従来の営業部次長であった三上部長が就任した。

2  債権者の担当業務等(<証拠・人証略>)

(一) 原告は、平成元年一月に被告に入社して以来、営業部第二課長、開発営業部次長を歴任し、一貫して新規顧客の開拓を主とした営業活動に従事し、警察署に対する営業活動などで業績を上げたほか、病院や法人の営業活動にも積極的に取り組んできた。

本件組織改正に伴い、原告は、開発営業部次長から営業部次長に就任し、三上部長の指揮命令下に属し、同部長の補佐業務も行うことになったが、それ以外の担当は、従来と同様、日赤医療センター、第四方面の警察署、広尾病院に遺体を搬送している警察署であった。ただ、従来原告が担当していた法人顧客については、かつての部下であった中間俊二課長(以下「中間」という。)に引き継ぐことになった。

(二) ところで、原告は、本件組織改正に伴って、開発営業部当時目標を毎年達成してきたにもかかわらず、目標を達成していない三上部長の部下になることには納得できない気持ちを抱くと同時に、それまで現場の葬儀の施行・運営に従事してきて、営業活動に従事したことのない三上部長が営業部の責任者に就任することに不安と憤りを感じていた。また、原告の担当を開発営業部の取引先について把握していない三上部長や被告代表者が、原告に相談もなく変更したことにも強い憤りを感じていたほか、本件組織改正に伴い、開発職手当が廃止されたり、それまで原告だけが使用してし(ママ)た借上車両も三上部長が使用していないとして廃止されたことにも強い不満を持っていた。

こうした状況の中で、三上部長は、第四九期の目標設定を行ったが、原告は、三上部長に対し、右目標の根拠について度々質問したり、数字上の責任は取れない旨発言したことがあったほか、三上部長から警察署関係の売上増加を強く求められたのに対し、三上部長の指示する方策では売上増加は困難である旨何度も申入れていた。三上部長の指示する方策とは、被告の警察署関係に対する営業方針とほぼ同様であるが、当時赤坂警察署においてポーカー賭博に絡んで贈収賄事件が発覚し、警視庁が綱紀粛正に取り組んでいた中で取引業者に対する一般的な注意を受けて、被告がその営業部に対してした指示に沿ったものであり、具体的には、特定の人間を特定の場所等において、飲食やゴルフの接待を行うなど営利を目的とした違法な接待などは避け、節度をもった営業活動を行うこと、複数の営業部員が営業活動を行っていくことなどを内容としていた。

3  本件配転及び本件懲戒処分に至る経緯(<証拠・人証略>)

(一) 被告は、本件組織改正後の原告の言動を組織改正に対する反発ないし反抗的な態度であり、原告がこれを改めなければ、被告の業務に支障が生じると考え、原告に対し、三上部長に協力するよう説得したりしたが、原告がこれに応じようとしなかったため、被告は、平成九年九月二七日、原告、被告代表者、三上部長の三名で、原告の職務について話し合ったが、結論は出なかった。その後、同年一〇月下旬ころ、原告は、話合いの中で合意した内容を確認する趣旨であるとして、三上部長に対し、「確認書」と題する書面(<証拠略>)を被告に提出した。右書面には、本件組織改正後平成九年一〇月一四日まで原告に対する業務指示を行わなかったこと、警察署に対する営業活動が現体制のままで、売上減少が生じても、原告には一切責任がないこと、病院及び法人関係についても、原告が当直に入り、時間的な拘束により、十分な営業活動ができず、売上減少が生じても、原告には一切責任がないこと、開発職手当は、営業専念の手当であること、手当の減少部分は、賞与で考えることなどが記載されていた。

(二) 被告は、平成九年一一月一〇日ころ、「確認書」の取扱いについて弁護士に相談したところ、仕事は従業員との合意で決定するものではないので、確認書の作成は不必要であるとの助言を得たので、「確認書」への署名押印を拒否した。

被告代表者は、弁護士に相談した際、弁護士から受けた助言をもとに文書を作成しているところ、右文書(<証拠略>)には、「簡単にいうと、会社の方針に自分の不利益と感じ、屁理屈を言って反抗しているにすぎない。」、「本人が少しでも仕事をしている以上、大きく会社の指示に従わずさぼっているとは判断しにくい。」、「懲戒にもっていくにはまだ早いし、たぶんこの人間は変わらないと思う。」、「本人が自分からいづらく、又退職する方向に時間をかけても、そのようにした方が得策である。」といった記載がある。

(三) その後、被告は、原告の三上部長に対する言動等は業務に支障を与えると判断し、平成九年一一月二五日、原告を営業活動から外し、次長である原告を組織上は谷山課長のライン下に就け、担当業務を当直業務に限定する旨の業務命令を発令した。被告としては、当時、原告を営業部に所属させておくことはできないと判断していたものの、次長である原告に担当させるべき業務を探すのが困難であったため、一時的な措置として業務命令を発令したものであった。

被告は、その後原告の担当業務について検討し、業務マニュアルの完成及び売掛金の回収を原告の業務とし、新たに営業管理部を設け、原告を同部次長に就けることとし、平成一〇年六月一日、原告に対し、その旨口頭で内示したところ、原告から文書化することを求められたので、同月八日、同月一六日付けで営業管理部次長として勤務してもらう旨記載した業務命令書(<証拠略>)を交付した。それに対し、原告は拒否する旨口頭で回答した上、さらに同月一二日付け「回答書」(<証拠略>)をもって、業務上の必要性もなく人選の合理性もない恣意的な配転命令であるから、従えない旨回答した。被告は、同月一六日、本件配転命令を発令する予定であったが、原告の回答から、被告が本件配転命令を発令しても、原告は拒否することが予想されたので、原告に対し、担当業務の説明を行うにとどめ、原告の再考を促すため、書面(<証拠略>)をもって、同月一六日から同月二二日までの間、原告に対し、自宅待機を命じ、同月二三日、本件配転命令を発令したが、原告がやはりこれを拒否したため、同月二四日、原告に対し、本件配転命令拒否を理由に本件懲戒処分を行った。

(四) ところで、被告においては、従前から「ご葬儀マニュアル」(<証拠略>)と題するA四版(ママ)ハードカバーのマニュアルは存在していたが、右は、顧客に対し、葬儀の流れや被告が行う業務を説明するとともに、葬儀に関連した助言を記載しており、顧客提供用のものであり、従業員向けの業務マニュアルは存在していなかった。そこで、被告は、受注の統一化を図り、経験のない新入社員が参照すれば、一〇〇パーセントと言わないまでも九五パーセント程度業務がこなせるように、業務マニュアルが必要であるとの認識から、平成七年九月ころ、従業員向けの業務マニュアルの作成を指示し、中級者用、新入社員用などに分けて業務マニュアルを作成してきた。ただ、当時、被告は、業務マニュアル作成に従事する専従の従業員を配置していたわけではなく、各従業員が分担し、担当業務に加えて行ってきており、原告もこれに関与したことがあった。その結果、本件配転命令のころ、すでに中級者用マニュアルは完成し、新入社員用のマニュアルもほぼ完成している状況であった。各担当者の下書きをまとめた中間課長は、マニュアルは完成したものと認識しており、本件配転命令当時、三上部長も原告に対し、初級者用のマニュアルもほぼ完成している旨の説明を行った。原告も、右マニュアルを三度読んでみて、完成しているものと考えたので、三上部長や青木専務に対し、マニュアルのどの部分が不十分であるのか説明して欲しい旨申入れたが、本件配転命令に従うのでなければ、説明する必要はないとして、その説明を行わなかった。

また、被告における未回収の売掛金は、当時フリーの付花代で一か月に四基ないし五基分の約六万円ないし七万円程度であった。

4  本件解雇に至る経緯等(<証拠・人証略>)

本件懲戒処分の後、被告は、原告に対し、再度本件配転命令に従うよう説得したが、業務マニュアル作成について、従前と同様のやりとりがあっただけで、双方の態度に変化はなかった。そこで、被告は、原告に対し、本件配転命令に従った就労をしないなら、債務の本旨に従った就労とは認めない旨告げるとともに、第三者を交えて話合いをすることを提案した。その後、原告と被告とは双方とも弁護士に依頼して話合いを行ったが、進展せず、原告は、本件配転命令無効確認を求める訴訟を提起し、その後も裁判上で話合いが続けられたものの、結局、話はまとまらなかった。

話合いが決裂した後も、原告は、本件配転命令に従わなかったので、平成一〇年一〇月二一日、本件解雇に至った。

二  前記一認定の事実を前提として、争点について判断する。

1  本件配転命令の効力

(一) 配置転換は、労働者の勤務場所又は職種を将来にわたって変更する人事異動の一つであるところ、使用者が労働者に対して配置転換を命じることができるのは、雇用契約その他の両当事者間の合意として、使用者の配置転換命令権が認められている場合と解すべきである。

本件において、原告は、被告から新規顧客の開拓を期待されて被告に入社し、実際にもその業務に従事していた(<証拠略>、前記一2(1))が、原告の職務を新規顧客の開拓に限定する趣旨の雇用契約書が作成された形跡はない一方、被告の就業規則一〇条一項には、会社は業務の都合により社員に対して職場若しくは職務の変更、転勤その他人事上の異動を命ずることがあると規定され(<証拠略>)、原告も平成九年一一月二五日付け業務命令に対し、特に異議をとどめずに応じていることからすると、原告と被告は、雇用契約締結の際、被告の配置転換命令権を認めることに合意していたものと解するのが相当である。

(二) ところで、使用者が包括的な配置転換命令権を有する場合、業務上の必要等に応じて自由な裁量により労働者の職務を決定することができるが、それは無制限に許されるものではなく、右裁量権の行使が社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したものと認められる場合は、例外的に権利の濫用に当たり無効となるものと解するべきである。そして、当該配置転換命令が権利の濫用に当たるかどうかは、業務上の必要性の程度と当該配置転換によって労働者が被る不利益の程度とを比較衝(ママ)量して判断しなければならない。

(三) 右を踏まえて本件配転命令の効力について検討する。

まず、本件配転命令の必要性について、被告が主張するところは、原告が本件組織改正に対し反発する言動を行っており、それが業務に支障を与えること、業務マニュアル完成は急務であるだけでなく、将来的に未収売掛金の回収の専門部署を設けることが必要になることである。

確かに、本件組織改正に伴い、三上部長の部下になったことや開発職手当が廃止されたことについて、原告は強い不満を持ち、そうした原告の不満が三上部長に対する言動にも現われていたことは前記一2(二)、3(一)のとおりで、明らかである。したがって、被告が原告のこうした言動が業務に支障を及ぼすことを懸念したとしても、あながち理由がないこととはいえず、とりあえず原告を従前の営業活動から外した平成九年一一月二五日付けの被告の業務命令は不当とはいえない。しかし、右業務命令に対し、原告は特に異議をとどめず、これに従事し、その後は本件組織改正に反発するような言動を行ったことを認めるに足りる証拠はなく(なお、被告は、原告が自己の担当した警察署との交際やお礼の方法について、「被告を辞めたら贈賄、脱税等の容疑で被告を告訴する。」などの不穏当な発言をしたと主張するが、原告はこれを否定し、右被告の主張を裏付けるに足りる証拠もないから、認めることはできない。)、また、原告が従前の営業活動に従事しなくなった以上、業務にどのような支障が生じたかは明らかではなく、業務上の支障が生じたことを認めるに足りる証拠もないのであって、この点からは業務上の必要性を認めることはできない。

そして、業務マニュアルの完成についていえば、前記一3(四)のとおり、中級者用のマニュアルはすでに完成しており、初級者用のマニュアルもほぼ完成に近い状況だったことからすれば、専従の従業員を配置する必要性は見出せない。これに対し、被告は、具体的に初級者用マニュアルの補足点を指摘するが(<証拠略>)、原告に交付された初級者用マニュアル(<証拠略>)と比較すると、補足といっても必ずしも重要部分とはいえず、大部なものでもなく、「葬儀打合せリスト」(<証拠略>)と重複する部分もかなりあること、それまで専従の従業員を配置せずにマニュアル作成を行ってきて、中級者用マニュアルは完成し、初級者用マニュアルもほぼ完成に至っていたことからすると、被告の右指摘によっても、敢えて従業員を専従せ(ママ)る必要性はなかったというほかない。

また、未収売掛金の回収について、被告は、将来発生するおそれがあると主張するが、現在未収売掛金は一か月六万円ないし七万円程度であって(前記一3(四))、将来急激に売掛金が増加するような事情も窺えない以上、現に売掛金回収のために新たに部を創設し、原告に売掛金回収業務を行わせる必要性は全くないというべきである。

(四) 右によれば、本件配転命令は、そもそも業務上の必要性を欠いており、被告に裁量権を付与した目的を逸脱した配転命令権の行使と言わざるを得ず、したがって、権利の濫用に当たり無効である。

2  本件懲戒処分及び本件解雇の効力

(一) 本件懲戒処分は、原告が本件配転命令に応じなかったことを理由として行われているところ、本件配転命令は前記のとおり無効である。したがって、本件配転命令に従わないことを理由とする本件懲戒処分は、懲戒事由を欠き、懲戒権の濫用であることが明らかであるから、無効である。

(二) 本件解雇も、原告が本件配転命令に応じなかったことを理由として行われているところ、本件配転命令は無効であるから、本件懲戒処分と同様、権利の濫用に当たり無効である。

(三) そうすると、被告は、原告に対し、本件懲戒処分を理由として支給しなかった給与一二万〇七〇三円(金額について当事者間に争いはない。)及び本件解雇後である平成一〇年一〇月二五日支給分から本件口頭弁論終結時までに支払期の到来した平成一一年八月二五日支給分の給与(五六万四五五〇円×一一か月)六二一万〇〇五〇円の支払義務があることになる。

なお、本件口頭弁論終結時以降の給与については、将来の給付請求であるところ、原告の従業員たる地位の確認をする以上、本件においてその支払の必要性を認めるに足りる事情はないから、理由がない。

3  賞与の減額等

(一) 原告は、被告の原告に対する不当な査定によって、賞与が減額され、また、昇給も通常より低額しか行われなかった旨主張する。

しかし、被告においては、給与規程二条、三条が、給与及び賞与は会社の業績と社員に割り当てられる職務の質並びに社員の年齢・経験・勤務成績及び勤務条件等を総合的勘案して決定すると規定しており(<証拠略>)、従前支給していた給与を減額する場合と異なり、賞与及び昇給については、被告の査定が著しく不当で合理性を欠くような場合は、そのような賞与や昇給の決定が権利の濫用として許されないことがあるとしても、そうでなければ、原則として被告の裁量に属する事柄であるというべきである。そして、本件においては、被告の原告に対する査定が著しく不当で合理性を欠くことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の主張を認めることはできない。

(二) その他手当の名目で支給されていた開発職手当については、原告が開発職手当に相当する業務を行わなくなった平成九年一一月二五日以降は支給の根拠はない。したがって、開発職手当との差額についての原告の請求は理由がない。しかし、すでに認定したとおり本件配転命令は無効であるから、その直前まで原告に支給されていたその他手当名目で支給されていた当直手当及び通夜手当については原告に支払われるべきものである。そして、本件配転命令の直前まで原告に対し支給されていた右手当は六万二三三三円であり(弁論の全趣旨)、平成一〇年七月は四万七二五〇円しか支給されなかった(当事者間に争いがない。)のであるから、その差額一万五〇八三円については、被告は原告に対して支払義務がある。

3  原告の慰謝料請求

原告は、被告代表者が弁護士に相談した際に受けた助言をもとに作成した文書(<証拠略>)を根拠に、被告が原告を退職に追い込むため、種々の嫌がらせを行い、その結果、過大な精神的ストレスにさらされて肝機能が著しく低下し、難病患者に指定された旨主張する。原告が被告の嫌がらせと主張するのは、本件組織改正、それに伴う人事異動(三上部長が部長となり、原告が次長と三上部長の部下となったこと)、開発職手当の廃止、借上車両の廃止、平成九年一一月二五日付け業務命令、本件配転命令、本件懲戒処分、本件解雇等である。

しかし、まず、被告代表者の作成した文書(<証拠略>)は、平成九年一一月一〇日ころ作成されているところ(前記一3(二))、時期的に、本件組織改正よりかなり後であり、そのことからすると、右文書のみでは、原告の主張する不当な動機を認めるのは困難である。

また、本件組織改正及び人事異動についていえば、その理由は前記一1のとおりであり、こうした組織及び人事に関する事柄は被告の裁量に属し、右の理由が特段不合理ともいえない以上不法行為には該当しない。

そして、開発職手当の廃止は、実質的には賃金の減額で、原告の同意がない以上許されないものと解するべきであるが、原告が開発職手当に相当する業務に従事していた間の分については後に支払われている(当事者間に争いはない。)ことから、原告の精神的苦痛は慰謝されたというべきであり、原告の慰謝料の請求を認めることはできない。

さらに、借上車両の廃止については、前記一2(二)によれば、従前は、いわば、原告が特別な扱いを受けていたというべきであって、そのことからすると、その廃止が特に不法行為に該当するということはできない。

平成九年一一月二五日付け業務命令については、すでに認定したとおり不当なものとはいえず、したがって、不法行為に該当しない。

本件配転命令、本件懲戒処分及び本件解雇については、すでに認定したとおり無効であり、したがって、右は不法行為に該当するというべきであるが、本件配転命令、本件懲戒処分、本件解雇の各無効が確認され、未払の給与の支払を受けることにより、原告の精神的苦痛は相当程度に慰謝されたというべきで、さらに慰謝料を認めるだけの損害を被ったということはできない。

賞与及び昇給について査定については、前記のとおり、これを不当ということはできないから、不法行為には該当しない。

なお、原告は、被告の不法行為によるストレスのために肝機能が著しく低下し、新宿区によって難病指定を受けるに至ったと主張するが、診断書(<証拠略>)によれば、「慢性肝炎・急性増悪」とされているだけで、被告の不法行為と右疾病との因果関係を認めるに足りる証拠はなく、原告の主張を認めることはできない。

三  以上の次第で、原告の請求は、被告の従業員としての地位確認、本件配転命令及び本件懲戒処分の各無効確認並びに本件懲戒処分にかかる出勤停止中の未払給与及び手当の合計一三万五七八六円(未払給与一二万〇七〇三円+未払手当一万五〇八三円)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年八月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、本件解雇後の平成一〇年一〇月二五日から本件口頭弁論終結時までの支給日である平成一一年八月二五日までの未払給与合計六二一万〇〇五〇円の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条、仮執行の宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松井千鶴子)

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